高松高等裁判所 平成元年(ネ)291号 判決 1991年11月28日
控訴人(原告兼反訴被告)
三谷寿幸
ほか一名
被控訴人(被告兼反訴原告)
藤田明夫
ほか一名
主文
一 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
二 控訴人らは、被控訴人らに対し、昭和六二年八月二六日午前一〇時三〇分ころ高知市小石木町二七番地五号先路上において発生した控訴人三谷寿幸運転の普通乗用車と被控訴人藤田明夫運転の普通貨物自動車との追突事故を原因とする損害賠償債務を負担しないことを確認する。
三 被控訴人らの控訴人らに対する反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一・二審とも本訴・反訴を通じ被控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人ら代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係については、当審における主張を次のとおり付加し、当審で新たに提出された証拠につき当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。
(控訴人らの当審における主張)
被控訴人らが、本件事故によつて何らかの損害を被り、これを控訴人らが賠償すべき場合においては、控訴人吾北村農業協同組合が契約していた共済保険から被控訴人ら各自に四〇万円ずつを仮払いしているので、これを右損害に対する賠償に充当することを主張する。
(被控訴人らの認否)
被控訴人らが控訴人組合の契約した共済保険より各四〇万円の仮払金を受けたことは認める。
理由
一 昭和六二年八月二六日午前一〇時三〇分ころ、高知市小石木町二七番地五号先路上において、控訴人三谷の運転する普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)が停車中の被控訴人藤田運転の普通貨物自動車(高知市清掃公社所有のバキユームカーであつて、以下「被害車両」という。)に追突したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故の態様についてみるに、成立に争いのない甲第七、第一八号証、事故後である昭和六二年九月四日撮影した被害車両の写真であることに争いのない甲第一二号証の一ないし四、同月一日撮影した加害車両の写真であることに争いのない同号証の五ないし七、原審証人富岡豊年の証言及び原審における被控訴人藤田明夫、同醒井正義及び控訴人三谷寿幸の各本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。すなわち、
被控訴人両名は、高知市清掃公社の職員であり、事故当日は被控訴人藤田が運転し、その左横に訴外光内正一、更にその左横に被控訴人醒井が同乗して、汲み取つた屎尿(ほぼタンクに半分入つた状態)を中継槽まで運ぶ途中、事故現場に差しかかつたところ、前方を走行する自動車が右折しようとして停車していたため、続いて停車しブレーキを踏んだままでいたとき、後方から加害車両に追突されたこと、一方、控訴人三谷は加害車両を運転し時速約二〇キロメートルで被害車両に追従して事故現場に差しかかつたが、脇見運転をしていたため被害車両が停止のため減速しかけたことに気付くのが遅れ、被害車両との距離が一〇・七メートルくらいになつて初めてこれに気付き慌ててブレーキペダルを踏もうとしたが、普段運転している自己の車がオートマチツク車であるのに、当日運転していた車両が控訴人組合の所有するマニユアル車であつたため、間違えてクラツチペダルを踏んだので減速することなくそのまま被害車両に追突したこと、事故による双方車両の損傷は、加害車両の前部ボンネツトが二箇所僅かに凹損し、被害車両は後方のホース受け金具が少し曲損した程度であり、被害車両の後部鋼鉄バンパーには擦過痕は見られなかつたこと、事故後双方は車を降り被害状況を確認したあと、被控訴人らが控訴人三谷に住所と連絡先を尋ねただけで、被控訴人らも体の痛みを訴えることもなく、警察官にも報告しないで別れたこと、被害車両の同乗者光内は身体に異常を感じなかつたが、被控訴人両名は、翌日二七日出勤したあと、共に前夜から気分が悪くなつたとして、揃つて図南病院で受診したが、レントゲン検査の結果骨には異常が見受けられず、ネツクカラーで頸部を保持する手当ては受けたものの、通院するよう指示されたところ、被控訴人らはその夜一層悪化したとして翌日二八日から自ら望んで同院に入院したことが認められる。
被控訴人両名の前記本人尋問の結果中、「前掲甲第一二号証の五ないし七の写真は、事故直後の加害車両の損傷部を写したものではなく、事故直後加害車両の前部ボンネツトは山のように折れ曲つて運転席から前が見えない程だつた。」とする部分は到底措信できない。
また、被控訴人藤田の本人尋問の結果のうち「車は追突されて三〇センチメートルくらい前に動いた」との部分、並びに、甲第七号証(実況見分調書)の同人の同趣旨の指示説明部分は、確たる根拠のあるものではなく、停車中の重量三七〇〇キログラムの被害車両(この事実は当審における鑑定人佐佐木綱の鑑定結果によつて認められる。)を三〇センチメートル動かしたとするにしては、被害車両及び加害車両の損傷は軽微に過ぎるのであつて、右供述等は到底信用することができない。
二 次に被控訴人らの事故後の行動をみるに、成立に争いのない甲第八号証の一ないし三、第九、第一〇号証の各一ないし四、第一一号証の一、四、五、前掲証人富岡豊年の証言によると、被控訴人両名はともに図南病院における初診時(昭和六二年八月二七日)に頭痛、吐気、腰痛等を訴え、医師から頸椎損傷、腰椎損傷の診断を受け、被控訴人藤田は、同病院に昭和六二年八月二八日から同年一〇月二五日まで五九日間入院し、同月二六日から同年一二月三一日まで通院(実日数二七日)し、被控訴人醒井は、同病院に同年八月二八日から同年一〇月一〇日まで四四日間入院し、同月一一日から二八日まで通院(実数一四日)したことが認められる。
三 然しながら、右傷病名及び入通院はいずれも被控訴人らの主訴によるものであつて他覚的所見に基づくものでないことは前掲証人富岡の証言によつて明らかであるので、果して本件事故が被控訴人らの訴える症状をもたらし入通院して加療する必要性を生じさせたものか否かについて検討を加えることとする。
加害車両による追突速度は前示認定のとおり時速約二〇キロメートルであるところ、前掲鑑定人佐佐木の鑑定結果によると、加害車両が被害車両に追突したあと停止するまでに進んだ距離を一〇センチメートルであるとし(これは控訴人三谷の供述による)これを前提として計算すると、衝撃加速度は〇・六七G(Gは重力の加速度)であつて被害車両が受けた最大衝撃度は二・一〇G、同車の乗員の頸部にかかる衝撃は右の一・五倍すなわち三・一五Gとなること、また、加害車両が追突後一〇センチメートル前進して停止したものとして逆に同車の追突時の速度を計算すると、時速二〇・五キロメートルとなり、これによつて受ける被害車両の最大衝撃度は二・六G、同車乗員の頸部にかかる衝撃はこの一・五倍の三・二四Gとなることが認められる。したがつて、被控訴人らの受けた衝撃は三・一五Gないし三・二四Gであるからその衝撃は極めて軽く、この程度の衝撃では頸部に捻挫症が起こる可能性は経験則上極めて低いものと判断される。
しかも、成立に争いのない甲第八号証の七、第九号証の三、六、及び前掲証人富岡の証言によると、被控訴人藤田は、昭和六〇年腰椎椎間板ヘルニヤで手術を受けた既往症があり、本件で入院中飲酒したり外出、外泊がしばしばあつたこと、並びに、成立に争いのない甲第六号証によると、同人はかつて「当てられ屋」の仲間として保険金詐欺容疑で逮捕された前歴のあることが認められ、成立に争いのない甲第一三ないし第一六号証及び前掲証人富岡の証言によると、被控訴人醒井は、昭和五九年二月一日、バキユームカーを運転中他車に追突し、右股関節挫傷、骨折、頸椎挫傷等の傷害を受け、同日より同年五月九日まで入院し、頸椎挫傷は同年九月二一日まで、股関節挫傷(髀臼骨折)については昭和六〇年五月七日まで通院治療し、更に昭和六一年七月九日、トラツク助手席に同乗中電柱に衝突し頸部挫傷、腰椎挫傷等の傷害を受け、同月一一日から同年八月二一日まで入院、同月二二日から同年九月二六日まで通院(本人中止)していたことが認められる。
以上認定の諸事実を綜合勘案してみると、前示被控訴人らの主訴にかかる傷害は、客観的には存在せず、たとえあつたとしてもそれは本件事故と相当因果関係を有するものではないと認めることができる。すなわち、被控訴人らが本件事故によつて傷害を受けたとの立証はなく、したがつてこれを前提とする精神的苦痛についても右同様証明がないことに帰する。
四 以上によれば、控訴人らは本件事故によつて被控訴人らに対し損害賠償債務を負わないものというべきであるから、これが債務不存在確認を求める控訴人らの本訴請求は理由があるが、被控訴人らが控訴人らに対し本件事故を原因として損害賠償を求める反訴請求は理由がない。
五 よつて、控訴人らの本訴請求は認容され、被控訴人らの反訴請求は棄却されるべきところ、本訴を棄却し、反訴の一部を認容した原判決は不当であるから、原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消し、控訴人らの本訴請求を認容し、被控訴人らの反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安國種彦 山口茂一 井上郁夫)